如意山 宝珠院


[開 山]
   如意山宝珠院は,天文9年1540年後奈良天皇,足利義晴12代将軍の時代に,前開山桃雲慧見大和尚により一玉山宝珠院として開かれた後,7代目に当たる,本寺大雄院第3世桂山玖昌大和尚により寛文5年1665年再建された.その後,第3世不迩鳳源大和尚代に,一玉山を如意山と山号をあらため現在にいたりました.現住職は,玖昌開山以来21世住職である.

[開 基]
 慧見大和尚創建当時の開基は不明です.寛文創建は,開基関口尾張守法名宝珠院殿心甫廣居士.
 関口尾張守はこの後,渡良瀬川対岸現在境野町に移り,三ツ堀の地区を開墾し三ツ堀賀茂神社を開かれたと伝えられています.

 [伽 藍]
 伽藍本堂・辻堂・地蔵堂等が,享保9年1724年に焼失して資料等がありませんが,延亨4年1747年本堂のみ禅宗建築様式で再建されました.その後,昭和53年(230年後)に大改修を施し現在いたっております.間口十間,奥行き八間,開山堂・位牌堂等約90坪の仏殿と法堂(信仰と布教道場・説法坐禅道場・葬祭道場)を兼ね備えた禅宗独特の建物です.

[境 内]
 境内には,本堂創建当時よりの老赤松があり,これを中心に整備を計画し,平成3年参道階段及び鐘楼堂が建立されました.
 また,開山以来の古碑(地蔵菩薩)等が点在し,背後の山裾の緑にたたずみを観せております.
 この地を地元では通称「ナカデラ」と呼び,ひろさわ村の中心に位置し,明治5年の学校令施行まで本堂を寺子屋としても利用され,現在の広沢小学校の前進として多くの子供たちが勉強に遊びに勤しみ,村の集会場として現在の公民館的役割も果たしてまいりました.

[行 事]
 月行事は,毎月一日朝6時より読経・朝粥会が開かれており,読経ののち住職の法話に接し,お粥を頂くのが毎月の糧として,檀信徒の方々が参集されております.
 平成5年正月4日にご本尊のご開帳を機に観音講を開講.救世・如意(意のごとく)の本尊様にあやかり一年の息災を願って善男善女が集います.
 檀信徒の最大の行事は,春彼岸中の日曜日に開催される「大施食会」で,ご先祖のご供養ともに,檀信徒の総会と親睦の大宴会が開かれています.
 昭和58年より愛玩動物(犬猫霊園)の赤レンガ墓地と動物慰霊碑が本堂裏の高台に完成し,以来「大施食会」の同日,愛玩動物の合同供養会が行われております.

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