美術文化財を所蔵

 祥雲寺が所蔵する絵画のなかでは、「釈迦降誕図」と、新井滋雲画伯の遺作「山水之図」「観世音菩薩之図」が傑出しています。この三点は、いまや美術文化財といってもよい作品といえましょう。
 釈迦降誕図  花まつりのころに本堂に掲げて、一般参拝者に鑑賞していただいている、大きな軸物が「釈迦降誕図(しゃかこうたんず)」です。顔料を豊富に用いて、お釈迦さまの降誕を喜ぶ人々の様子を実に丁寧に描きだしている見事な作品です。それも本堂の天井から下げても広げきれないほどの大作なのです。
 惜しむらくは、描かれた年代、作者名が残されていないことですが、江戸時代後期にかなりの著名人描いた作品と推測されています。
 お釈迦さまが入滅されるときの「釈迦涅槃図(しゃかねはんず)」は多く見受けられますが、降誕図は下図少なく、そのうえに、これほどの大作はほとんどみかけることができません。『祥雲寺寺宝』とされている作品です。
 山水之図  境野町が生んだ県内最後の南画家と称えられる新井滋雲(本名朋二郎)画伯が、ご先祖と両親の供養のために寄進した作品です。やはり軸装にされていますが、縦の長さは「釈迦降誕図」とほぼ同じくらいの大作で、溢れんばかりの力づよいタッチで山水を表現しています。
 観世音菩薩之図「山水之図」と同じ趣旨で寄進された、新井滋雲画伯の遺作です。「山水之図」とは打って変わった繊細なタッチで、穏やかな仏の世界を描き出しています。
 ※ 新井滋雲(あらい・じうん)画伯=明治三十一年(一八九八)に境野村松宮(現在の境野町五丁目)に生まれる。境野小学校卒業後、太田中学校(現在の太田高校)へ進学し、同校卒業後に日本南画院総帥・小室翠雲(田崎草雲の高弟)の画塾「環堵画塾」に入門し、画業に専心する。
 県内最後の南画家として、画業に多くの足跡を遺したばかりか、社会教育面 でも大きな功績を遺して、昭和五十三年(一九七八)四月十五日に病没された。享年80歳。

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