心のイボ・病いのイボも取り除く 山門前に建つ石仏にも、珍しい俗信仰伝説が伝えられています。祈願しますと、体にできたイボを取り除いてくださるというのです。祈願によっては心のイボ、病いのイボまでも取り除いてくださるということもあって、最近では「がん」治癒の祈願に訪れる方がふえています。この信仰は、すでに江戸時代からあったという、実に息の長い信仰になっています。
ところが『イボ地蔵』と呼ばれている石仏は、実は地蔵尊でなくて薬師如来なのです。薬師如来が、いつごろから、このような誤った呼ばれ方をされるようになったのかは、わかっていません。
イボ地蔵伝説の概要は、次のようです。
体にできるイボは、痛くはないけれど、なんとも邪魔なものです。また、イボから出る水汁で増える、うつるなどと言われましたので、昔はイボができると、イボ取りに効くというイチヂクの白い汁をつけたりして、なんとか取り除こうと努力をしたものです。そのイヤなイボが、鳳仙寺山門前のイボ地蔵様にお願いすると、取り除いてもらえるというのですから、イボ地蔵様の前には、いつも祈願者の長い列が続いていました。
ヤマイモの実を糸で繋いで数珠のようにし、お地蔵様の首に掛けてお願いするだけでよいと言うのですから、イボに悩む人たち大勢が連日押し寄せたのです。その人の波を見て、せせら笑う男がいました。
「そんなの迷信だい。イボなんか直るもんかい」
と言っては、祈願者たちにいやな思いをさせ続けていたのです。
ところで、ある日のことでした。くだんの男が、いつものように祈願者たちを茶化すと、突然トコトコトコッと、隣りの山門に駆け上がり、なんとそこからお地蔵様めがけて小便をかけ始めたのです。
そんな、とんでもないことをしでかした夜、男は布団に入ると間もなく、高い熱を出して苦しむ羽目になりました。さすがの男も「さては仏罰?」と、昼間の自分の行為が気になってしまいました。
その夜、男は高熱のため苦しみ通しで一睡もできませんでした。が、朝を迎えての冷気で、夜明けには、少しは気分がよくなりましたので、顔を洗いに外の井戸へ向かいました。そして、井戸端で朝食の用意がてら世間話をしていた、おかみさんたちに、
「お早よう。」
と声をかけました。その声に振り向いたおかみさんたちが、男の顔を見たとたん、いっせいに悲鳴を上げて飛びすさりました。その悲鳴に、男が思わず自分の顔に手をやると、なんと肌がゴツゴツ-----。
びっくりした男は、家へとって返すと、すぐさま手鏡をのぞき込みました。なんと手鏡の中の顔は、イボがビッシリ。いえ、顔だけてはなくて、全身のどこもかしこもイボ、イボ、イボ。男は腰を抜かさんばかりに驚くと、
「こりゃあ、仏罰だあ。」
と、オロオロし始めました。でも、そのうちに、
「お地蔵様にお詫びして、許していただかなくちゃあなんねえ。」
と、朝霧にかすむ山の中へ飛び込んで行きました。そして、何ときか後に山で取って来
た特大のヤマイモの実で、特大の首飾りを作りあげると、今度はイボ地蔵様の前へとって返しました。そして、鳳仙寺沢の水でお地蔵様の体をていねいに洗い流し、塩ですっかりお清めを済ませると、その場に土下座をしてお地蔵様にお詫びをし、涙ながらにイボ取りのお願いをしたのです。
怒り心頭にあったお地蔵さまも、もともと心の広いお地蔵様でした。土下座して涙する姿に、この男の過ちをお許しになられて、全身のイボをきれいに取り去ってくださいました。
この事件以来、イボ地蔵様のあらたかさ、尊い御利益は一層有名になって、祈願者の波をますます大きくしたのでした。