拝観したい多くの石仏・石灯籠
祥雲寺境内には、拝観したい多くの石仏、石灯籠も多数存在しています。墓参のおりにでも、じっくりと鑑賞することをお勧めします。
石仏が14体安置される
境内には、石仏が14体安置されていますので、それを紹介してみます。石仏といいますと、石で造られた仏像のことですので、本来は墓石も含まれますが、ここでは、
一般的に石仏研究者が調査対象としている範囲(墓石、六地蔵を除く)の石仏について、銘文・像高・本誓・所在地を記録してみます。
石仏の中には、貴重な「庚申地蔵」も安置されています。
※ ( )内の算用数字は高さを示します。) 道祖神(文字塔) 「道祖神」の三文字のみで、造立年はありません。(60p)
◆道祖神は、村境や道端に立って、村に疫病などが入り込むのを防ぎ、村人の安全を守る神でしたが、時代が降って江戸時代になると、やがて旅をするからの信仰を受けるようになりました。
この道祖神は、かつては山門前の堀の近くに建てられてあったといいまが、道路整備の関係で現在地の山門前、向かって左側へ移設されたといいます。
三界万霊塔@ ○三界万霊塔 貞享三寅年(一六八六)十月廿七日 (213p)
◆万霊塔を建立し、その塔にこの世のあらゆる生命あるものの霊を宿らせ、供養することが目的に建立されている塔です。三界とは、欲界・色界・無色界(迷界)をいいますが、異説もあります。塔は、山門から境内に足を入れるとすぐの右側に建立されています。
三界萬霊塔A 三界萬霊 昭和三十(一九五五)己未秋彼岸 祥雲十九世善雄代 總檀中 建之
(146センチ)
◆山門をくぐるとすぐ左側にある、無縁仏群の最上部に安置されています。 地蔵菩薩@(尊像) 文政十亥(一八二七)四月吉日 願主 みつ (106p)
◆お釈迦様の入滅後、 弥勒菩薩が現れるまでの無仏時代に、 六道 (地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)の衆生を救済する菩薩。現世利益のほかに死後の世界に迷う亡者を救済する功徳があることから、宗派をこえて信仰されました。三界万霊塔@の隣の六地蔵に隣接して建てられています。
地蔵菩薩A 「地蔵菩薩像」 献納 昭和四十六年(一九七一) 秋彼岸 故嘉和知初次
妻 里 (114センチ) ◆無縁仏の下部中央に安置されています。 庚申地蔵(尊像) 庚申供養 寛文十三天(一六七三)十二月朔日 三堀村 同原村 (190センチ)
◆庚申供養という銘があることから、「庚申地蔵」ともいわれる造立数の少ない貴重な石仏です。建立者の「原村」とは、どこの地域なのでしょうか。後考を待ちます。所在場所は参道の左側で、山門の方角を向いて立っています。
寒念仏供養塔(尊像) 寒念仏供養 明和三天(一七六六)中冬吉旦 講中 境野村満光寺 (175センチ)
◆寒念仏の地蔵塔です。寒念仏行は昔は僧侶の修行の一つで、なかなかの難行でした。それが室町中期ごろから、民間でも行われるようになりました。この塔は、建立年からしますと、民間の人々の手による建立でしょう。廃寺となった満光寺から移設されたことが、銘からわかります。また地域の人の多くは
廃寺『まんこうじ』を「万光寺」と書かれるようですが、この地蔵菩薩像の存在から「満」と「万」の違いが見られます。正しくは『満光寺』だったのでしょうか。庚申地蔵に並んで建立されています。
子安地蔵(尊像) 「子供を抱く地蔵菩薩尊像」ですが、無銘。(137センチ)
◆子供を抱いている地蔵菩薩像で、一般に子安地蔵とよばれています。むかしは子授け・子育ての祈願に訪れた人たちが多かったろうことが推測されます。掲示板の近くに建立されています。
光明真言塔 「如意輪観音尊像」 光明真言塔 宝暦壬申歳(一七五二)八月吉祥日
(173センチ)
◆真言の全文または一部が刻まれた塔で、経典供養塔のうちの「刻経塔」に属する塔です。御利益のある真言を世に広め残そうとする、仏教修行の一つが具体化され建立されたものです。建立位
置は、参道の右側にあるイチョウの木の隣です。 六十六部供養塔 奉納 法華六十六部供養塔 宝永三丙戌(一七〇六)暦九月吉祥日 山田郡境野村 回国沙門法永 (230センチ)
◆弥勒菩薩の出現するまでの無仏時代に経典は六十六か国に保管されました。その霊場を巡って納札する六十六部信仰が生まれました。この信仰によって建てられた塔で、回国供養塔の一つです。建立場所は 地蔵菩薩@の隣です。
二十二夜塔(如意輪観音尊像) 享保十乙巳天(一七二五)八月 日 女人 村中 (119p)
◆二十二夜目の月の出を拝して祈願をする女性の信仰で、本地仏は如意輪観世音菩薩。女性特有の悩みを解消して頂こうと願う信仰で、二十三夜塔とともに造塔数は比較的に多いようです。六十六部供養塔の隣に建立されています。
聖観世音菩薩(文字塔) 聖観世音菩薩 昭和三十六年(一九六五)七月六日 供養の爲に創建す 施主 橋本隆三
(60p)
◆一切の衆生を観察し自在に救済するという、現世利益の観音様。36種ものさまざまに姿を変えて(三十三応現身)、衆生の救済に当たられるといわれます。尊像の場合は一面
二臂(一つの顔と二本の手)と、未敷蓮華(または開敷蓮華)を手にするのが特徴です。「大本(おおもと)の観音という意味から「聖」または「正」の文字が冠されています。無縁仏群の下部に安置されています。
戦歿聖観世音菩薩(文字塔) 戦歿者慰霊聖観世音菩薩 敷島にささげしみ魂 やすらかに永遠に眠れよ 故郷のくに 讃同寄進者 飯田隆雄 横倉栄一 下山喜太郎 金子誠一郎 西須キミ鏡君代 清田仁一 赤坂高三 周藤政春 岡安洋子 石井吉十郎 昭和五十一年(一九七六)十月 発願人 正七位
勳五等瑞宝章 陸軍大尉 正和法隆 仝節子
◆本堂の前(瑩山禅師像の後ろ)に建つ文字塔で、石材は青石が使われています。
金剛界大日如来 「大日如来像」 無銘(41p)
◆密教界の主尊で「智」の世界を表しています。庫裡会館の駐車場寄りの緑陰の中に安置されています。
石灯籠も五基建つ
境内には、石灯籠も五基見られます。その石灯籠の銘と所在地を紹介します。
石灯籠@ 駐車場入り口の右側に建つ石灯籠で、「祥雲寺 先祖精霊供養 交通
安全祈願 三界万霊供養 下山造園 下山喜太郎 飯田スリッパ社長 飯田隆雄 昭和五十二年(一九七七)二十世代」の銘があります。
石灯籠A 瑩山禅師像の隣に建つ石灯籠で、「献燈 昭和五十一年(一九七六)十月吉日 祥雲二十世法隆代)の銘があります。
石灯籠B 道元禅師像の斜め後ろの本堂寄りに建つ石灯籠で、「献燈 為先祖代々両親菩提 施主 牧島春三 仝 博」の銘があります。
石灯籠C 本堂と庫裡会館との間に建つ石灯籠で、織部灯籠と呼ばれる丈の低い石灯籠です。銘は刻まれていません。
石灯籠D 金剛界大日如来の隣に建つ石灯籠で、造立年はなく「海軍中佐 丸橋清一郎 呉海兵團 士官一同」の銘のみが見られます。丸橋彦一郎少将の墓参のおりにでも寄進・建立したのかもしれません。
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